はしやすめ

ガッツリ妄想するところ

街灯の光があなたを射した #2 matori.h

“まとりさんは彼女をつくらない”

 

 

 

いつかどこかで同期の女の子たちが言っていた話をぼんやりと思い出した。

 

 

「◯◯って誰なんですか?」

「えー俺の23番目の愛人?」

 

あの夜から次のサークル活動日である今日までずっと悶々と考えて、意を決して聞いたのにものの3秒で返された。しかもテキトーに。

 

「真面目に答えてください」

「ひどいな〜いっつも真面目やで、俺」

 

いつも通りニコニコしながらパックのカフェオレを飲むまとりさん。一体どこが真面目なのだろうか。

 

こっちは真剣に聞いているのに。

 

「せや、お前なに欲しい?」

「え?」

「言うたやん、お詫びになんでも買ったろって」

 

そうだ。あの日、まとりさんを家まで送ったこと、後日まとりさんから電話がかかってきて「ほんまごめんなー今度会ったらなんでも買ったんでな!考えといてな」なんて言われたんだった。

 

しかもまとりさんはわたしに家まで送ってもらったことは覚えているらしいけど、その時わたしと何の話をしたかまでは覚えていないらしい。

 

……タチ悪(口悪)

 

 

「別になんにもいらないんで◯◯って誰なのか教えてください」

「やから23番目の愛人やって」

「…………じゃあ1番は誰なんですか?」

「あ、ここから先は有料コンテンツとなります」

「もーまとりさん、」

「はいはい活動活動!今日は地域のゴミ拾い!」

「帰る準備してるじゃないですか」

「残念ながらバイトやねん」

「サボりやん」

「あれっ敬語忘れてますよ」

 

俺が敬語になってもうたやん、と笑って、リュックを背負いバイトに行ってしまった。

 

 

まとりさんはいつだって真剣に話してくれない。

 

 

 

「◯◯?」

「はい、誠也さんなんか知りません?」

 

不完全燃焼なのでなんとなくまとりさんといちばん仲が良い誠也さんに聞いてみた。

サークル活動が終わり、解散したあとのことである。

 

「なんか聞いたことあるわ」

「え、ほんまですか?」

 

このとき誠也さんが言ったことに、わたしの心臓はこれ以上ないってくらいにドクン、と音を立てた

 

「たぶんやけど、まとくんの幼馴染みちゃう?」

「幼馴染み?」

「うん、年上の」

「へー……」

「そんで、まとくんの片想い相手」

 

 

まぁ噂みたいなもんやけどな、と誠也さんは続けて言った。

 

「…今も、好きなんですかね」

「どうやろなあ」

 

 

なんとなく分かってたけど。でも。

 

「まぁそんな深く考えやん方がええんちゃう?」

「え、」

「好きなんやろ?まとくんのこと」

 

当然かのように言われて固まってしまった。バレてる………?

 

「…そ、うですけど」

「はは、素直でよろしい」

 

そう笑った誠也さんはミルクティーの入っている新品のペットボトルを机に置いて、

 

「俺でよかったらいつでも相談のんでな」

 

じゃあおつかれ、と言って去っていった。

 

 

「…あれはモテるわ」

 

と、思った。誠也さんに聞いてよかったかも。

 

 

 

ていうかもう、どこが23番目の愛人なの。ねぇまとりさん。

 

 

次の日もサークル活動日だった。

 

「ねっむ」

 

まとりさんはそう言いながらリュックをおろして椅子に座った。

 

そういえばいつの間にかまとりさんはわたしの隣に座るようになってたな。

それがどれだけ嬉しいか、まとりさんは分かってないんだろうな。

 

「まとりさん、」

「ん?」

「…好きな人、いるんですか?」

「えーなに、恋バナ?」

「◯◯さんですか、」

「あー、はは、またそれ?流行ってんの?」

 

少しだけ、まとりさんの声が低くなった気がした。

 

「まとりさん酔ってわたしのこと◯◯って言ったんです」

「え?」

「…好きって、言ってました、◯◯さ」

 

最後まで言えなかったのは、まとりさんの手で口を塞がれたから。

 

 

 

「…もーおわり」

 

小さくて、低い、まとりさんの声。

頬や唇に触れる手が冷たい。

 

 

「お前意外としつこいよな」

 

まとりさんは少し笑って、手を離した。

 

 

 

「……好きです」

 

 

 

わたしは好きになってはいけない人を好きになってしまったのでしょうか。

 

 

「まとりさんのこと好きやからです」

 

 

 

“まとりさんは彼女をつくらない”

 

 

 

その理由が分かった。分かってしまった。

 

もう少しで夏がはじまる、そんな日のことでした。

 

 

 

 

 

QAA seiya.s

今思うと、一目惚れやったんかもしれへん

 

 

ひとりだけ楽しくなさそうなところとか、あきらかに無理やり連れられてきました、みたいなオーラで座ってるとことか(笑)

 

話してみたら意外と声が低かったり、冗談を言うのが好きやったり、

 

なんかめっちゃ気になった。

 

 

あの日もバイトの帰り、古謝が貸してくれた傘をさして駅からの道を歩いてたら、ほぼ毎日通り過ぎてる本屋から*ちゃん出てくるなんて、予想外すぎへん?

 

最寄り駅も同じで、帰り道も途中まで同じ。

この日雨が降っててよかった。古謝が傘貸してくれてよかった。

 

でも*ちゃんと仲良くなればなるほど、好きになればなるほど、

 

 

 

あの日キスしたこと、謝らなあかんなって。

 

 

 

どう考えても軽率すぎる行動やし、*ちゃんに嫌な思いさせた

 

わかってんねんけど、あの夏の日のことを話したら、謝ったら、もう今までみたいに一緒におれへん気がして。

 

なかなか口に出せへかった。

 

*ちゃんのこと好きやし一緒におれるだけで嬉しいけど、それだけがずっと引っかかってどうしようもなかった。

 

 

それから月日が経って、

 

二次会を*ちゃん連れて抜け出したあの日。

 

*ちゃんの口から出た、夏、というワードに空気が少し、変わった気がした。

 

ほらやっぱり*ちゃんも、わかってるんや。

俺が悪いだけやのに、な。

 

そう思ったら、ちょうど目の前を電車が通過するとき

 

「キスしてごめんな」

 

そう、言えた。

 

 

聞こえてないかもって思ったけど「気にしてないよ」って*ちゃんの声が返ってきた。

 

それからまたいつも通り、ふたりで帰る夜道。

会話が途切れ途切れになるのはたぶん、俺のせい。

 

こうなるって分かってたけど、やけど*ちゃんがこっち見てくれへんのは、思った以上に辛かった。

 

自業自得やねんけどさあ。

 

 

もう会えへんかもって思った。てか俺と会いたくないよな。

 

 

 

そう思ってたのに、

 

ある日の夜、バイトが終わり帰る支度をしているとき、iPhoneから着信が

 

画面に表示されてる名前は

 

「*ちゃん、?」

 

相手は、あれからまったく会っていなかった、*ちゃんからだった。

 

 

画面をタップしてから、「うわ、出るの早すぎて引かれたかも」とか思ったけど、この時はそんなこと考える余裕もなくて

 

「もしもし、」

「…あ、誠也くん?」

「うん、どうしたん?」

「今なにしてるの?」

 

唐突すぎて驚いた。もう日付けが変わろうとしてる時間、しかも*ちゃんからこんな電話。

 

「バイト終わって今から帰るとこやで」

 

そう伝えたら、そっかぁ、と一言。え、ほんまなんやろ?

 

「どうしたん?なんかあった?」

 

そう聞くと、予想もしてなかった言葉がiPhoneから響いた。

 

 

 

「会いたくて、誠也くんに」

 

 

 

え、え?今、なんて言った?え?

 

「え?」

「って思ったけど、無理だよね、ごめんね急に」

「*ちゃん今どこ?」

「〇〇駅の改札でたとこだよ」

「わかった、すぐ行くで待っててくれへん?できるだけ危なくないとこ、ってなんやろ、えっと、」

「あはは、大丈夫だよ、待ってるね」

 

*ちゃんに笑われてから、めちゃくちゃ必死になってることに気付いた。

 

エプロンも、紐だけほどいた中途半端なまま。

 

余裕なさすぎへん?

 

 

でもとにかく今は早く、*ちゃんのもとへ。

 

 

 

 

飛び乗った電車を降りて、急いで改札に向かうと、ベンチに座っている*ちゃんがこっちを見た。

 

「誠也くん」

 

ふわっと笑った顔がまったく変わってなくて安心した。

 

「ごめん、待たせて」

「全然大丈夫だよ、こっちこそごめんね、急に」

「俺も会いたかったから、大丈夫やで」

「よかったぁ」

 

…なんか*ちゃんがいつもとちがう?

 

「*ちゃんこんな時間まで何してたん?」

「バイトのね、飲み会だったの」

 

 

*ちゃん、酔ってるんや。

 

やからこんなふわふわしてるんか。

 

「*ちゃんだいぶ酔ってる?」

「…バレた?」

 

にやっと笑う*ちゃんが可愛くて。

 

 

「俺んちくる?」

 

 

なんて口走ってしまっていた。

 

「いいの?」

 

え、そんな反応返ってくる?

 

「ええけど、*ちゃんは大丈夫なん?」

「大丈夫ー、やったあ、誠也くんち行きたい」

 

酔ってる女の子を家に入れるとか俺めっちゃ悪いことしてへん?まとくんやん(まとくんごめん)

 

これからどうしようかまったく考えてないけど、*ちゃんと一緒におれるならええか、なんて思った。

 

 

 

アパートについて、さっそく*ちゃんに水をあげた。

 

「もう酔い冷めたよー」なんて笑うけど、顔赤くしてそんな柔らかい表情で言われてもなんの説得力もないで?

 

 

それから少し他愛もない話をして、水を少しずつ飲みながら*ちゃんは、ゆっくりと、話し始めた。

 

「……なんであの日、キスしたの?」

 

*ちゃんはずっと下を向いてるから、目は、合わない。

 

 

「……一目惚れしたからって言ったらどうする?」

「誠也くんがめずらしくおもしろいこと言ったなあって思う」

「いや冗談ちゃうねんけど、」

「じゃあなんで、謝ってきたの?」

 

それは、少し食い気味に、少し、震えた声で。

 

「え、」

「…好きな人にキスされて、謝られることがどれだけ悲しいかよく分かったの」

「…*ちゃん、」

「……誠也くんのことが、好きなだけだよ」

 

そのとき初めて、泣きそうな顔で笑う*ちゃんと目が合った。

 

 

ていうか今言ったこと、それって、

 

 

「……ごめん誠也くん、眠くなってきた、かも」

「え?」

 

そう呟いた*ちゃんは、机に突っ伏してしまった。

 

「*ちゃん…?」

 

え、ほんまに寝た?

 

*ちゃんが言ったこととか今目の前で寝てることとか、情報が多すぎて頭が追いつかない。

 

ただ分かっていることは

 

 

さっきから顔のニヤけが止まらないってこと。

 

…*ちゃん寝てくれてよかったかも

 

 

 

「……起きへんともっかいキスすんで」

 

 

 

 

目が覚めたらなんて言おうか。

 

 

 

 

 

いますぐきすみー!seiya.s

気付いたら隣におった、みたいな

 

 

 

丈とまとくんとリチャと中学が同じやったらしくて、俺が丈たちと仲良くなったときと同時に、よく話すようになったんやったかな

 

まあ、いちばん身近な女友達って感じ

 

最初はよく丈と喧嘩しとる騒がしい女子って印象。まとくんにもよくいじられてるし。

 

意外やなって思ったのが、俺らが合コン行くかもってときにちょっと拗ねてたところ。「アンタらが!?おもろすぎ!行ってこい!」って爆笑してくるんかと思ったねんけどなあ。やからかわからんけどなんか気になって、合コン断ってしまったし。まとくんに「アイツのこと気になるん?」って聞かれたけど、まぁ気になるよな、あんな拗ねてたし

 

 

俺に彼女ができたとき、ぼろぼろ泣いて、その理由がすき焼き食べすぎてお腹痛いとかなんとか。ほんまかよって思ったけどアイツに限って俺に気があったんかなとか、いやいや、自意識過剰やん、ないわ。

 

てか俺の中で 女の子=ココアってなってしまったのってアイツの影響やん?それ言ったらなんかめっちゃ驚いとったし。彼女に浮気疑われたのもアイツのせいってことで。うん。それにしてもココア好きやな、アイツ。

 

そういえば初めてやったな、ふたりで遊んだの。なんか髪型がいつもとちがって、かわいいなって思ったから、そのまま言ったら怒ってきたし。でもちょっと顔赤くなっとったなぁ。丈とかに「お前ほんま女ちゃうわ!」とか言われとるけど、俺は最初から女の子やなあって思っててんけど。いやまぁ、女の子なんやけどさ。

 

それでその帰り、あきらかに様子がおかしくて、全然目合わへんし、急用あるって帰ってったけど絶対嘘やん。もうちょいマシな嘘つけよ。寂しいねんけど。俺なんかした?

 

次の日教室おらへんし。ほんまにわけわからん。そしたらまとくんに「すき焼き、な?」って言われて、そのときかなあ、ちゃんと気付いたの。今まで気付いてないフリしてただけやったんかもしれへんし。でももしほんまにそうやったとしたら、俺はどれだけアイツのこと泣かしてたんかな。

 

そうやって考えると、めちゃくちゃ申し訳なくなって、謝ることしかできへんかった。

 

もう喋らんほうがええんかなぁって思ったし、もう喋ってこうへんやろなあとも思った。

 

 

やからほんまに驚いたんよな。息切らして生徒会室に来たアイツ見たとき。

あんな大声で告白されたんも初めてやったわ。てかあれ告白ちゃうらしいねんけど。宣言ってなんやねんそれ。アイツらしいなあ。

 

 

 

もしあれが告白やったら、俺はどうしてたんかな。

 

 

 

それからかなあ、アイツのことをよく見つけてしまうのは。イルミネーション見に行ったときも、すぐ見つけたし。なんか俺アイツのこと見つけんの上手くなった?

 

 

放課後に見たことない男と話してるとこすぐ見つけたし。えらい仲良さげやなって見てたらまとくんに「気になるん?アイツのこと」って聞かれた。これ前も聞かれたな。けど今は、前とちがう。あぁ、やっと分かった。

 

 

「気になる、めっちゃ」

 

 

そうやって言って、アイツのとこに向かってる俺を見ながら、「ええやん」ってニヤニヤしてたまとくんがいたとか、いなかった、とか。

 

 

 

街灯の光があなたを射した #1 matori.h

「まだ決まってないんやったらどう?可愛いから大歓迎や」

 

春、誰にでも言ってるんだろうなってすぐにわかるセリフについていった。

 

 

「なあ枝豆向いてやぁ」

「まとりさんお酒くさい近寄らんといてください」

「ひど、泣くでおれ」

 

わかっててもついていってしまったのは、あのときのあの笑顔に惹き込まれたから。

 

その笑顔の主が、このまさに今隣で酔いに酔いまくってる人。

 

「なあもうまとり家送ったってえや」

「こいつもうあかんやろ」

「もう俺らには手におえん」

 

ケラケラ笑う先輩たちが、まとりさんにもたれかかられてるわたしに言ってくる。

 

女子に送らすことがあるか……?あいかわらずめちゃくちゃなサークル(というか先輩方)である。

 

と思いつつ、内心嬉しかったりするからとても自分がめんどくさい。

 

好きに、なってしまったんだもんなあ。

 

 

「まとりさん帰りますよ」

「えー帰るん?」

「帰ります」

「いややー」

「嫌やちゃうくて、」

 

遠いところで騒がしい音がする。さっきまでそこにいたのに、今はまったく別の世界にいるみたいで。

 

「そーや、ん、」

 

ニコッと笑ったまとりさんがこちらに手を差し出した。

 

「…なんですか」

「手ぇ繋ご」

「何言ってるんですか」

「手ぇ繋いでくれな帰らへん」

「はあーー!?」

「ほらはよー!まとりさん待ってるねんけどー!」

 

しぶしぶ差し出された手に自分の手を重ねたら、その瞬間にギュッと握られた。

 

「ん、帰ろ」

 

満足そうに笑うまとりさんは、いつも以上に顔が赤くて相当酔ってることがわかる。

 

夜道を、酔っぱらいと手を繋ぎながら歩く。(一応好きな人)

 

「まとりさんなんでそんな酔ってるんですか」

「んー?お前の分も飲んだから」

 

予想外の返答に驚いた。そういえばずっと隣にいたし、いつもめんどくさい絡みをしてくる先輩たちと今日はほとんど話してない気がする。

 

そう思い返すと、心臓がギュッとなった。

 

「…ありがとうございます」

「はは、どういたしましてーって別に俺なんもしてへんけどな」

 

ふたりでふわふわふらふらと歩きながら、なんとかまとりさんの住むアパートに着いた。

 

「まとりさん鍵はー?」

「えーわからん」

「何言ってるんですかはよ探してください!」

「うそうそ、あるから、ほら」

 

いつもよりふにゃふにゃと笑うまとりさんが、鍵をわたしに見せて、な、と首をこてんと傾ける。

 

鍵を差し込み、ドアを開け、中に入る。

 

手は、いつまで繋いでいるのだろうか。

 

「あーねっむ」

 

まとりさんがソファーに倒れ込むかのように腰掛けた。手を繋がれているわたしも、同じように座るしかなくて。

 

そういえば初めて家に入ったし(家は近いから場所は知っていた)、こんな時間に、ふたりっきりで、この距離で、

なんて考えてたら心臓の音がどんどんうるさくなってきて。

 

「まとりさん、お水とか、」

 

離れようと思い、立ち上がり手を振りほどこうとしたとき、それを阻止され、え、と思うときにはまとりさんのうでの中にいた。

 

「……え、まとりさん」

「行かんといて」

 

それは、頭のほうから聞こえたまとりさんの小さな声。

 

「行かんといて、○○」

 

そして、2度目のそれには、知らない女の人の名前もついていて。

 

「………え?」

「……」

 

まとりさんはしょっちゅう女の人と一緒にいるから、誰かと間違えてるんだなぁ、この女たらしめ、なんて、この状況のわりには冷静な判断が出来たものの、動揺は、する。

 

「……誰ですかそれ、まとりさん、」

 

離れようと試みるものの、背中にまわされたまとりさんの腕がそれを許してくれなくて。

 

「もー、まとりさん、」

 

離してください、と言いかけたとき

 

確かに、それは確かに聞こえた

 

 

 

「……好きやねん」

 

 

 

もうそれからはよく覚えていない。とにかくすぐに家を出て、走って走って、自分の家に帰った。

まとりさん家の鍵絶対閉めへんやろな、どうしような、なんて考えてたわたしなんて、そのときはどこにもいなくて。頭が真っ白のまま、とにかく走った。

 

 

 

 

 

神様、わたしは、この恋は、どうなるのでしょうか。

 

夏、少し切ない、あの人の笑顔。

 

いますぐきすみー! seiya.s

それは生徒会の後輩の手伝いで帰りが遅くなった日のことやった。

 

時間的にも結構暗くなってて、電車降りた時にはほぼ夜みたいなもんで。

 

普段から人通りの少ないこの道もちょっと不気味に見える。

 

そこで出会ったわけ。あの子と。

 

え、絶対あれって……って思ったときには「彼女嫌がってますけど」って前に立っとった。そんな感じでかっこつけてたけど実は普通に怖かったからそっからの記憶はほとんど無い。(我ながら情けない)まぁでも、とりあえず助けられたからよかった。

 

彼女の手を引いてなんとか逃げて、住宅街まで出てきたとき、「あ、ありがとうございます……」って涙目で必死にお礼言うてくれたなあ。街頭に照らされた彼女の制服を見て、〇高ってことだけ分かった。そういやまとくんが〇高は可愛い子多いって言うとったっけな。

 

「あそこ人通り少ないし怖いですよね、気をつけてください」

「はい、すみません、」

「いや怒ってるわけじゃなくて、」

「はい………」

 

あかん、なんか俺が泣かせたみたいになってる。

 

「家、このへん?」

「は、はい、あと10分くらいで、」

「送るわ」

 

高校生なんやったら年下かタメや。敬語外してもええやろ。

 

「んーどっち?右?左?」って彼女見たら、「いいです!ほんまにすぐそこなんで!」って顔の前で手をブンブン横に振ってる。

 

「またさっきみたいな目にあってええの?」

「それは……」

「な、今はひとりで帰るん怖いやろ?俺も心配やし送らせて」

「……ありがとうございます」

 

それからは高校の話とか、いろいろ、ほんまいろいろ話した。どうやら彼女は2年らしい。年下やった。あと、笑顔が可愛い子やなあって思った。

 

それから、無事に家に送り届けられた。

 

「じゃあ、また、」

「……また!?」

「え、だって最寄り同じなら会うかもしれへんし」

「……そ、そっか、そうですよね、、はは、じゃあまた……!」

 

やっぱ女の子は泣き顔より笑っとる方がええなあ。アイツも笑っとる方が絶対ええし。

 

あーなんかええことした気分。明日リチャに話そや。

 

 

 

それから数日たって、学校帰り、最寄りの駅に着いたとき、「……あの!」って後ろから声がした。

 

「…あー、えっと○○ちゃん」

「……こ、こんにちは!」

 

あのときの子や。

 

暗いとこでしか見たことなかったからわからんだけど、めっちゃ肌白いな。え、変態か俺。じゃなくて、

 

「あれから変な人らに捕まってない?」

「あ、大丈夫です…!」

「そっか、ならよかった」

「ありがとうございます、」

「うん、で、えっとー、どうしたん?」

 

あきらかになんか言いたげやったから聞いてみた。そしたら予想外のこと言われてびっくりしたん今でも覚えてる。

 

「あのときの、お礼で、」

 

って差し出されたのは可愛くラッピングされたちっちゃい箱で。

 

「よ、よかったら、食べてください!あ、全然そんな毒とかじゃないんで!けど味の保証はあんまり、ていうか甘い物苦手ですか!?」

 

正直おどおどしたイメージやったけど、こんないっぱい話すんやって思ったら笑えてきて

 

「ふ、」

「えっ、ど、どうしたんですか!?」

「や、めっちゃ話すやんと思って」

「へ、?」

「わざわざありがとうな、めっちゃ嬉しい」

 

そう言って受け取ったら、彼女は嬉しそうにふわって笑った。

 

それからかなあ、よく帰りに会うようになったのは。「誠也くん…!」って遠慮がちに声掛けてくれて、素直に可愛いなって思った。

 

「実は、朝の電車とかもたまに一緒で、誠也くんのこと知ってました」って恥ずかしそうに言われたり、「あの、よく誠也くんと一緒におった女の人って彼女さん、ですか…?」って聞かれたり、え、誰?アイツのこと?ただの友達やでって返したら、安心したように「そうですか」って笑った。

 

うん、可愛いな、普通に可愛い。

 

やから、「誠也くんのこと好きです」って言われたときは嬉しかったし、恋愛ってこんなもんやんなって。現国の桐山せんせーも「高校生んときはもういっぱい彼女つくれ」って言うとったし。(桐山せんせーがあてになるかはわからんけど)

 

あーけどこれアイツが知ったら、また「そういうとこほんまチャラい」って言うてきそうやなあ。とりあえずリチャに話そかな。

 

 

 

 

 

それからこのことで、どこかの誰かが泣いて悲しんでたことに気付いたのは、もう少しあとの話。

 

 

かわいいからあげる seiya.s

それは、ある日のこと。

 

わたしが某有名コーヒーショップで問題集とにらめっこしていたとき。

 

「あれ」

 

聞き覚えのある声に顔を上げると、

 

「誠也さん!」

「おー」

 

サークルの先輩で、わたしが密かに想いを寄せてる誠也さんがドリンク片手にそこに立っていた。

 

「なにしとるん?」

 

そう言って誠也さんはわたしの座ってる二人席の、もうひとつの椅子に腰掛けた。ということは向かい合わせである。

まさか座るとは思ってなくて驚いた。

 

「小テストの勉強を……」

「小テスト?」

「なんか小テストなめてて余裕でひどい点とってたんですけどこのままやと知らんぞって先生に脅されて」

「はは、あほや(笑)」

 

目の前でケラケラと笑う誠也さん、だめだ、かっこいい。

 

「助けてください…」

「いや学部ちゃうし」

「誠也さんならいけます」

「なにを根拠に言うとんねんお前」

 

そう言ってまた、笑う。それからドリンクに口をつける。

 

「それ新作ですか?」

「そー、気になっとって」

「女子か」

「ちゃうわ(笑)おい敬語つかえ(笑)」

 

誠也さんとの会話のテンポは、とても心地よい。フランクに話せるところも、好きなところのひとつ。(こんなこと本人には言えないけど)

 

「あ、俺バイトやったわ」

 

そう言って思い出したかのように立ち上がった誠也さん。

 

「そうなんですね、頑張ってください」

 

えーー残念。行ってほしくない、とかいう権利もないけど。

とっても寂しいのに、無難なことしか言えない自分に腹が立つ。

 

「お前もなー、あ、」

 

誠也さんは背負っていたリュックから何かを取り出し、机に置いた。

 

 

「かわいいからあげる」

 

ニコッと笑って、じゃあ頑張れ、と手を振って行ってしまった。

 

え、え、え

 

かわいいからあげる?

 

頭の中がその言葉で埋め尽くされたまま、机に置かれたいちごみるくの飴2つが視界に入った。

 

包み紙をよく見ると、今頭の中を占領している言葉が書いてある。

 

なーーーんだ、これのことか。誠也さんチャラいからあんなこと平気で言うと思ってたけど、それでもわたしなんかには言わないよね、包み紙に書いてあるから言っただけなんだ、そっか。

 

納得した瞬間、ものすごく虚しくなった。どうせただの後輩。勝手に勘違いしただけなのに、その事実をものすごい勢いで突きつけられたような気になった。

 

「…………むかつく」

 

包み紙から薄いピンクの飴を取り出し口に含む。

 

そのまま問題集の上に突っ伏しても、頭に浮かぶのはただひとり。

 

 

ああ、寂しい。

 

うなだれていたら携帯の通知音が聞こえた。

 

やる気のない手で携帯を手に取り、画面を見る。

 

メッセージが1件、それは誠也さんからで。

 

 

数秒後、このメッセージのせいで勉強が手につかなくなり、また小テストでひどい点をとってしまうわたしなのでありました。

 

 

 

 

“さっき言ったことほんまやで”

 

 

 

 

fin