かわいいからあげる seiya.s
それは、ある日のこと。
わたしが某有名コーヒーショップで問題集とにらめっこしていたとき。
「あれ」
聞き覚えのある声に顔を上げると、
「誠也さん!」
「おー」
サークルの先輩で、わたしが密かに想いを寄せてる誠也さんがドリンク片手にそこに立っていた。
「なにしとるん?」
そう言って誠也さんはわたしの座ってる二人席の、もうひとつの椅子に腰掛けた。ということは向かい合わせである。
まさか座るとは思ってなくて驚いた。
「小テストの勉強を……」
「小テスト?」
「なんか小テストなめてて余裕でひどい点とってたんですけどこのままやと知らんぞって先生に脅されて」
「はは、あほや(笑)」
目の前でケラケラと笑う誠也さん、だめだ、かっこいい。
「助けてください…」
「いや学部ちゃうし」
「誠也さんならいけます」
「なにを根拠に言うとんねんお前」
そう言ってまた、笑う。それからドリンクに口をつける。
「それ新作ですか?」
「そー、気になっとって」
「女子か」
「ちゃうわ(笑)おい敬語つかえ(笑)」
誠也さんとの会話のテンポは、とても心地よい。フランクに話せるところも、好きなところのひとつ。(こんなこと本人には言えないけど)
「あ、俺バイトやったわ」
そう言って思い出したかのように立ち上がった誠也さん。
「そうなんですね、頑張ってください」
えーー残念。行ってほしくない、とかいう権利もないけど。
とっても寂しいのに、無難なことしか言えない自分に腹が立つ。
「お前もなー、あ、」
誠也さんは背負っていたリュックから何かを取り出し、机に置いた。
「かわいいからあげる」
ニコッと笑って、じゃあ頑張れ、と手を振って行ってしまった。
え、え、え
かわいいからあげる?
頭の中がその言葉で埋め尽くされたまま、机に置かれたいちごみるくの飴2つが視界に入った。
包み紙をよく見ると、今頭の中を占領している言葉が書いてある。
なーーーんだ、これのことか。誠也さんチャラいからあんなこと平気で言うと思ってたけど、それでもわたしなんかには言わないよね、包み紙に書いてあるから言っただけなんだ、そっか。
納得した瞬間、ものすごく虚しくなった。どうせただの後輩。勝手に勘違いしただけなのに、その事実をものすごい勢いで突きつけられたような気になった。
「…………むかつく」
包み紙から薄いピンクの飴を取り出し口に含む。
そのまま問題集の上に突っ伏しても、頭に浮かぶのはただひとり。
ああ、寂しい。
うなだれていたら携帯の通知音が聞こえた。
やる気のない手で携帯を手に取り、画面を見る。
メッセージが1件、それは誠也さんからで。
数秒後、このメッセージのせいで勉強が手につかなくなり、また小テストでひどい点をとってしまうわたしなのでありました。
“さっき言ったことほんまやで”
fin