はしやすめ

ガッツリ妄想するところ

街灯の光があなたを射した #2 matori.h

“まとりさんは彼女をつくらない”

 

 

 

いつかどこかで同期の女の子たちが言っていた話をぼんやりと思い出した。

 

 

「◯◯って誰なんですか?」

「えー俺の23番目の愛人?」

 

あの夜から次のサークル活動日である今日までずっと悶々と考えて、意を決して聞いたのにものの3秒で返された。しかもテキトーに。

 

「真面目に答えてください」

「ひどいな〜いっつも真面目やで、俺」

 

いつも通りニコニコしながらパックのカフェオレを飲むまとりさん。一体どこが真面目なのだろうか。

 

こっちは真剣に聞いているのに。

 

「せや、お前なに欲しい?」

「え?」

「言うたやん、お詫びになんでも買ったろって」

 

そうだ。あの日、まとりさんを家まで送ったこと、後日まとりさんから電話がかかってきて「ほんまごめんなー今度会ったらなんでも買ったんでな!考えといてな」なんて言われたんだった。

 

しかもまとりさんはわたしに家まで送ってもらったことは覚えているらしいけど、その時わたしと何の話をしたかまでは覚えていないらしい。

 

……タチ悪(口悪)

 

 

「別になんにもいらないんで◯◯って誰なのか教えてください」

「やから23番目の愛人やって」

「…………じゃあ1番は誰なんですか?」

「あ、ここから先は有料コンテンツとなります」

「もーまとりさん、」

「はいはい活動活動!今日は地域のゴミ拾い!」

「帰る準備してるじゃないですか」

「残念ながらバイトやねん」

「サボりやん」

「あれっ敬語忘れてますよ」

 

俺が敬語になってもうたやん、と笑って、リュックを背負いバイトに行ってしまった。

 

 

まとりさんはいつだって真剣に話してくれない。

 

 

 

「◯◯?」

「はい、誠也さんなんか知りません?」

 

不完全燃焼なのでなんとなくまとりさんといちばん仲が良い誠也さんに聞いてみた。

サークル活動が終わり、解散したあとのことである。

 

「なんか聞いたことあるわ」

「え、ほんまですか?」

 

このとき誠也さんが言ったことに、わたしの心臓はこれ以上ないってくらいにドクン、と音を立てた

 

「たぶんやけど、まとくんの幼馴染みちゃう?」

「幼馴染み?」

「うん、年上の」

「へー……」

「そんで、まとくんの片想い相手」

 

 

まぁ噂みたいなもんやけどな、と誠也さんは続けて言った。

 

「…今も、好きなんですかね」

「どうやろなあ」

 

 

なんとなく分かってたけど。でも。

 

「まぁそんな深く考えやん方がええんちゃう?」

「え、」

「好きなんやろ?まとくんのこと」

 

当然かのように言われて固まってしまった。バレてる………?

 

「…そ、うですけど」

「はは、素直でよろしい」

 

そう笑った誠也さんはミルクティーの入っている新品のペットボトルを机に置いて、

 

「俺でよかったらいつでも相談のんでな」

 

じゃあおつかれ、と言って去っていった。

 

 

「…あれはモテるわ」

 

と、思った。誠也さんに聞いてよかったかも。

 

 

 

ていうかもう、どこが23番目の愛人なの。ねぇまとりさん。

 

 

次の日もサークル活動日だった。

 

「ねっむ」

 

まとりさんはそう言いながらリュックをおろして椅子に座った。

 

そういえばいつの間にかまとりさんはわたしの隣に座るようになってたな。

それがどれだけ嬉しいか、まとりさんは分かってないんだろうな。

 

「まとりさん、」

「ん?」

「…好きな人、いるんですか?」

「えーなに、恋バナ?」

「◯◯さんですか、」

「あー、はは、またそれ?流行ってんの?」

 

少しだけ、まとりさんの声が低くなった気がした。

 

「まとりさん酔ってわたしのこと◯◯って言ったんです」

「え?」

「…好きって、言ってました、◯◯さ」

 

最後まで言えなかったのは、まとりさんの手で口を塞がれたから。

 

 

 

「…もーおわり」

 

小さくて、低い、まとりさんの声。

頬や唇に触れる手が冷たい。

 

 

「お前意外としつこいよな」

 

まとりさんは少し笑って、手を離した。

 

 

 

「……好きです」

 

 

 

わたしは好きになってはいけない人を好きになってしまったのでしょうか。

 

 

「まとりさんのこと好きやからです」

 

 

 

“まとりさんは彼女をつくらない”

 

 

 

その理由が分かった。分かってしまった。

 

もう少しで夏がはじまる、そんな日のことでした。